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淳一郎の闘病記                                 写文集を出版しました

1)
Jan. 2003

「いつまでも若く健康で」と願うのは人も犬も同じ事です。淳一郎はこの春で11歳、ここ1〜2年足腰が衰えてきたなあと思っていたのですが、昨年の秋放映された 「ポチたま」 と言うTV番組の撮影が終わった頃から、階段の昇り降りも大変になり、歩行中も一度転ぶと自力で立ち上がるのは大変です。前足は未だなんとか力があるので起き上がろうとしますが、弱った腰を持ち上げてもらうことを期待するようになりました。アイスバーンになった所では、滑ることが分っているので回り道をしますが、滑らない確信がもてないと、道の通り方の指示を仰ぎ、側にいてくれるように訴えます。淳一郎が未だ子供だったころ13歳で亡くなったコリー犬のフレップもそうでした。よく淳一郎にじゃれつかれて困っていましたが、今は淳一郎が奈々にじゃれつかれて相手が大変になり、世代交代が始まったことを実感しています。

2)Mar. 2003

実は昨年の夏、淳一郎は癌と診断されていました。
腰の横がどんどん大きく盛り上がってきて、かかりつけの獣医さんは 「筋膜の隙間に癌が進行していて、高齢でもあるし仮に手術ができても成功率は低いし、手術後立てなくなる可能性が高いので手術は止めた方が良いよ。アガリクスと鮫の軟骨を飲んで効果があったと云う話を聞いているので、試してみたらどうだろう。このサプリメントは犬用があるけれど、小型犬ならたいした量ではないが、淳一郎は体重50kgなので高価すぎるよね。」 とのことでした。そこで近所のきのこ園からアガリクスを手に入れてフードミルで粉末にしてカプセルに詰めたものと、アメリカのサプリメントメーカーから取り寄せた鮫の軟骨 ( なぜアメリカはサプリメントが安いのでしょう?) とを朝晩2錠ずつ、さらにキャッツクロウと言うサプリメントも効くと聞き一緒に飲ませ、カスピ海ヨーグルトが良いと聞くと、牛乳アレルギーの淳一郎のために光線治療中の淳一郎特製豆乳ヨーグルトを作って食べさせ、可視光線を照射すると良いと聞いて光線治療機を購入し ( これらはすべて人間用です ) 朝晩1時間ずつ照射をする等、繰り返すこと約6ヶ月で、なんとあの手の平には収まらなかった程の腫瘍がどんどん小さくなってきて、今ではほとんど目立たなくなりました。試している物のどれが効いているのか、それとも相乗効果かは解りませんが、確かに良くなりつつあるようです。


ただ足腰が弱って来ているのは如何ともしがたく、老犬介護が始まろうとしています。









3)13.Jan. 2004
ゆっくりゆっくり休み休みお散歩中の淳一郎
1年前できたことができなくなり、半年前できたことができなくなり、そして先月できたことができなくなりました。昨年夏頃まではなんとか階段もゆっくりでしたら昇り降りできたのに、ちょっとした段差も嫌います。ボール遊びは走れなくても早足程度では取りに行っていたのに・・・キャッチボールも決してエラーなどしなかったのに・・・散歩も横について歩いていたのに今では、ゆっくりゆっくり休み休み・・・。それでも昨年心配して下さった方々から「腰の腫瘍も小さくなったし、思いのほか元気そうでよかったね。」とおっしゃて頂きました。

しかし昨年末、眠っている時なのに呼吸が速いのに気がつきました。少し身体を動かすと咳きがでて苦しそうです。どうしたんだろう心臓が弱ってきたのか、心臓肥大が始まったのかも知れない。昼間は元気で散歩もするし、ボール遊びも催促します。様子を観察していたのですが、お正月休みが終わってから急に症状が悪化しだして獣医さんに電話して症状を伝えると、やはり「心臓肥大の可能性もあるので心電図を撮って診よう」とのことで診察を受けにいきました。「心電図ではあまり異常は見られないけれど、一応利尿剤と心臓の血管を広げる薬とジキタリスを出しておくので試して見てください。でも淳一郎は頑張っているなあ。」とのこと。体重は46sに落ちていました。

4)18.Jan. 2004
背中への光線照射
それから5日間が経ちましたがあまり症状は改善しません。光線治療機を背中から少し離して照射すると気持ち良さそうで眠りますが、夜中から明け方にかけて苦しそうで、歩き回ったり外へ出たがったり、きっと自分でもどうして良いのか解らず、眠れないのでしょう。卯月は心配して淳一郎の顔を一生懸命舐めて看護します。

もしかすると癌が肺に転移したのかも。獣医さんも同感だそうで、もしもそうだとすると手の打ちようがありません。後は如何に呼吸を楽にしてやるか、スポーツ用品店で登山用の酸素ボンベを手に入れて試そうと思います。まだ食欲はあります。食いしん坊の淳一郎が食欲をなくしたら・・・。






5)23.Jan. 2004
酸素吸入中の淳一郎
4日前投薬が倍の量になってから、呼吸数56、脈拍82(1分間)になってここ2〜3日は夜も眠れるようになっていました。昨日もトイレはどうしても外でしたがるので出すと、すぐすれば良いのに林の中の茂みに行きたがります。10p程雪が積もっているし気温は−10℃です。寒さは心臓には良くないので、私のベストを応急的に改造して着せてやりました。5m歩いて5分休み又歩み始めるという事を繰り返しながら、とうとう斜面を降りてしまいました。もう自力では帰ってこれません。妻が前を持ち上げ、私が後ろから押し上げながらやっと家へ入れると暫くは呼吸が苦しそうでしたが、まだ食欲はありました。ところが食後苦しみだし獣医さんに連絡すると「胃の機能も弱っているようだから明日からは少量を流動食にして下さい」とのこと。添い寝して撫でさすってやったり、酸素吸入をすることしかできずにいました。午前3時頃やっと落ち着いてほっとしたのですが、今日はとうとう起き上がれず一日中寝たままです。トイレシートの上に寝かせてやると、淳一郎の目からは涙がこぼれています。ついに食欲もなくしました。涙を拭いてやること。撫でてやること。少しずつ水を飲ませてやること。寄り添っていてやること。私達にできることはもう他にないのでしょうか?

6)24.Jan. 2004

獣医さんと相談の結果、心臓への投薬は中止することになりました。これからはもう病気と闘うのではなく、痛みや苦しみをできる限り取り除いて楽にしてやる方が良いという事になりました。獣医さんも、もうなす術はないということでしょう。昨夜、添い寝している私の目をじぃーっと見つめていて、落ち着くと少し目を閉じ4〜5分は眠れるようですが、目を開けた時に私が眠ってしまうと不安になるようです。水を欲しがるので、ふりかけの空きボトルを利用した吸呑で水を飲ませてやるのですが、もう30時間以上もおしっこが出ていませんので、膀胱が気になります。どんなにトイレシートの上にさせようとしても、家の中でしたことがない淳一郎にはできないのでしょう。導尿をすることにして獣医さんにかけつけカテーテルを分けてもらい試みました。30年ほど前に下半身麻痺の犬にした経験が役立ちました。何と800ccも溜まっていました!気持ち良くなったのか、表情がやわらいでいます。これで今晩は安心して水を飲ませてやれます。カテーテルはそのままにして、尿瓶をオリゴ糖シロップの空き瓶に変えたところこれが誠に具合が良いです。淳一郎は部屋が静まってしまうと不安になるようなので、子守唄だったJazzや、免疫力を高めるというモーツアルトをBGMに添い寝をしていると、奈々が私をはさんで反対側にくっついて寝ます。そのゆっくりとした呼吸を背中に感じると、元気だった頃の淳一郎が思い出されてなりません。
吸呑で水を飲む カテーテルで導尿中 シロップのビンを尿瓶に

7)27.Jan. 2004
淳一郎の涙
いつかはこの闘病記の締めくくりを書かなければならないだろうとは思っていたのですが、それが今日になりました。25日は朝から小康状態が続いていたので、ずっと傍にいて淳一郎の目からこぼれる涙を拭いてやっていたのですが、不安はさらにつのっていたのでしょう。ほんのちょっと傍を離れるだけで、かすれた声で私達を呼びます。題名は忘れましたが、地雷の上に寝かされて身動きの取れなくなった兵士の映画がありましたが、まさにそんな感じでした。夜になって急に起きようとしました。どんなになだめても聞きません。確かに2日間も同じ姿勢で寝ていたのですから(心臓が苦しいのでずっと右を下)それも辛いだろうと二人がかりで半身を起こしてやると、どうしても立ち上がろうとします。しかたがないので下半身を持ち上げてやると、じっと立っていましたが1分と持ちませんでした。崩れるように横になって息が上がっています。尿の色は紅茶色からコーヒー色に、さらに血尿へと変わりました。それから何度も半身だけ起きては横になり苦しそうな息をしていました。もう私も見るに忍びず「淳、頑張らなくていいよ、もうお休み。」と何度か言うと、じぃーっと私の目を見つめていましたが、その直後の1月25日午後9時52分に息を引き取りました。11年8ヶ月4日の生涯でした。その死に顔はそれまでとはまるで変わって、気持ち良さそうでまるで昼寝をしていた時と同じです。雪の積もった庭に出ると、そこには淳一郎の大きな足跡が・・・。


可愛がって下さった皆さん。闘病が始まってからお励まし下さった方々。そして何度も何度も電話でアドバイスして下さった獣医師のI氏。本当にありがとうございました。皆様に愛されて淳一郎は幸せだったと確信しています。




千の風になって
作者不明 日本語詩 新井 満

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの 大きな空を 吹きわたっています

千の風に 千の風になって
あの 大きな空を 吹きわたっています

あの 大きな空を 吹きわたっています
淳一郎最後の写真

たくさんの思い出と幸せをありがとう
ゆっくりおやすみ 淳

BGM付


a thousand winds
Author Unknown

Do not stand at my grave and weep;
I am not there, I do not sleep.


I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripend grain.
I am the gentle autumn's rain.


When you awaken in the morning's hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.


Do not stand at my grave and cry;
I am not there, I did not die.


おぼえているかい


山の斜面を駆け登り駆け降りた時のことを
もう疲れたとは決して言わなかったね

おぼえているかい

急流に水しぶきをあげて飛び込んだ時のことを
流されながらも向こう岸に渡りきったね

おぼえているかい

一緒にキャッチボールをした時のことを
どんな投げ方をしても名キャッチャーだったね

おぼえているかい

落とした手袋を探しに行ってもらった時のことを
喜んで走って行って探してきてくれたね

そんな若かった君が好きだった



おぼえているかい

山の斜面をゆっくり登り足元を確かめながら降りてきたね
急流にそっと入って一生懸命泳いでも流されてしまったね
キャッチボールはエラーが多くなって寂しそうだったね
それでも落とした手袋だけは確実に探してきてくれたね

そんな老いた君が大好きだった


メッセージありがとうございました  

●最初にバーネットヒルに伺った時からの、淳一郎との想い出が次々に浮かんできました。本当に楽しい想い出をたくさんもらいました。淳一郎は私たちにとって、特別な存在のわんちゃんでした。バーネットヒルのような自然に囲まれた所で、入江さんご夫妻の愛情を一杯に受けて、淳一郎は本当に幸せだったと思います。お悲しみは大変深いと思いますが、どうか元気をお出しください。私たちの中でも淳一郎の想い出はとても大切な永遠のものです。看病で皆様ずいぶんお疲れになっている事と思います。くれぐれもお体を大切になさってください。心より淳一郎の冥福をお祈りいたします。

●とうとう逝ってしまったのですね。もう涙が止まりません。リボンの付いた赤い花束とご愛用のボール二つ、枕元に置かれた入江様のご心中をお察ししますとともにボールをくわえて昇天した淳ちゃん、幼顔に戻ったような淳ちゃんのご冥福を心よりお祈りします。 今年訪ねるまで元気でいてくれ!と念じていましたが本当に残念です、アマちゃんの淳ちゃんがいなくなって寂しくなりますね。こんなに介護され可愛がられ、、、幸せな一生を全うできることを有難うって最後に目で訴えていたのではないでしょうか。 最後まで温かく見守られて不安なく逝ったことでしょう。 まだいないという実感がありませんが入江さんはなおさらでしょうね。どうぞ少しでもお体を休められますように。 卯月ちゃん奈々チャンも悲しんでいるでしょう。お慰めの言葉もありません。心よりお悔やみ申し上げます。

●さきほど、隣の母から聞きました。結局何もできませんでした。ごめんなさい。次回うかがった時に、淳がそこに居ない、というのは多分簡単には慣れられないでしょう。今は、昔の淳の写真を引っ張り出して見ているところです。

●去年おじゃまして淳と会うことができ、ほんとによかったと感じております・・この数年行かないまま過ごしてきましたが、やはりなにか予感があったのでしょうね!カメラに淳の元気な姿を撮ることもできましたが、まさかあれが最後の別れになるとは・・・今になって思えば、フレップのときにはまた会えるのが当然な感覚で帰りましたが今回はなにか別の感じで淳を見ていたような気がしてなりません!オーナーも看病でお疲れとは思いますが、また他のメンバーとともに元気を取り戻してくださいね!また暖かくなったらおじゃましたいと思っております。

●昨日の晩でしたか。私がhpを見ていた頃は、もうゆっくり眠れているころだったのですね。最後の写真、ぐっすり眠っているようで、笑っているようにも見えました。最後の様子を拝読すると、本当にやすらかに、お父さんの声を聞いて、ホッとして逝ったようですね。闘病中は苦しいこともあったと思いますが、やっと開放されたのかも知れません。申し上げる言葉がみつかりません…ただただ、淳ちゃんは、とてもとても幸せな息子さんだと思います。淳ちゃんに出会えた私たちも、とてもとても幸せです。

●心の準備をしていたつもりでも、いざとなると本当に悲しくてたまりません。 私たちですらそうなのですから入江さんにとっては深くてとっても大きな穴があいてしまったようでしょうね。でもできる限りのことを全てしてもらい、なによりもずっとそばについていてもらったことがJUNにとってなにより幸せだったのではないでしょうか。友人がバーネットのHPを見たと泣きながらTELしてきました(あれは本当に泣けます)会いに行きたいけど自己満足でしょうとおっしゃってました。それからおちつかなくて、なんだか「さよなら」を待っているみたいなのが嫌で、お風呂に入って寝てしまおうと思いました。お風呂の中で「さよならの時は夢の中で私に会いに来てね」とお願いしたのに、その時すでにさよならだったのですね。でも、ゆうべJUNの夢をみたような気がします。残念なことによく覚えていないのですが、なんだかとってもあったかくてやさしい気持ちで目が覚めました。JUNの最後のプレゼントだったのかもしれません。JUNの最後の写真、泣けてしまいますが娘は「子犬みたいな顔してる」と言いました。 それがJUNの本質なのかもしれません。甘ったれのJUNらしい、本当に人を信じきったさいごでしたね。今日も娘と話したのですが、中学生の時は淳一郎は、本当の兄よりもっと兄のようだったそうです。それからもずっと兄弟のようだったと。一番微妙なときに娘に自信を与えてくれた、親にはできなかったことをJUNがしてくれました。 JUNがいなければ今の娘もいないというのは事実です。私たちは本当にJUNにたくさんのものを与えてもらいました。一匹の犬がこんなにもたくさんの人生を変えることができるというのはふしぎなことです。 「ありがとうJUN」

●よく最後まで淳ちゃん頑張ったのですね。入江さんたちの愛情を最後まで一杯もらって天国に召されたのですね。淳ちゃんのあの目が忘れられません。入江さんも少しゆっくりしてください。あのバーで横になっている淳ちゃんがいないのは寂しいですが、GWは淳ちゃんの思い出を語りたいと思っております。くれぐれもご自愛ください。合掌

●実は先ほど貴館のHPを拝見し、淳一郎くんの訃報を知りました。一昨年、初めて淳一郎くんにお会いして「なんて穏やかな目をしたわんこだろう」と心から思ったこと、昨年我が家にオリーを迎えた時にも、主人と「淳一郎くんみたいな犬になってくれると良いね。」と話したこと、昨夏オリーと淳一郎くんが初めて会った時も、穏やかな目をして迎えてくれたこと・・・等しみじみ思い出し目頭が熱くなりました。東京都が発行している「犬を飼うってステキ‐ですか?」という冊子にこんな一節があります。「10年以上にも及ぶ犬との長い暮らしの中であなたが得られるものは、犬の純粋でまっすぐなあなたへの愛、そして‐たくさんのやさしい思い出・・・たぶんそれだけです。たったそれだけのことを 自分にとってかけがえのないものだと思える人だけが犬を飼ってください。」淳一郎くんのオーナー様ご夫妻への愛情、大勢のご宿泊の方々皆さまとの思い出はいつまでもかけがえのないものとして、心の中に生き続けることでしょう。淳一郎くんは最後までオーナー様ご夫妻の元にいられて、本当にお幸せでした。オリーに「淳一郎お兄ちゃん、虹の橋に行ったんだって。もう清里では会えないんだよ。」と話してやりましたら、「そうなの?」と言う顔をしていました。淳一郎くん、きっとあちらで大きなシッポをブルンブルンと振って、大好きだったお散歩に出掛けていることでしょう。オーナー様ご夫妻のご心痛いかばかりかと存じますが、どうぞ御身お大切になさってくださいませね。

●25日夜、淳が家にやってきました。リビングのドアが、何もないのにすっと開いたのです。ホームページを見ては、また会いたいと思う気持ちと、苦しんでほしくないという気持ちが入り混じって苦しかったです。ドアが開いたとき、もしかして・・・と思ったのは本当だったんだと。オーティスに会いに来てくれて、ありがとう。オーティスも多分わかってたと思います。顔を上げていましたから。いつもこれが最後かも知れないと思いながら一緒に散歩したり、淳の手触りや匂いを確かめていました。今は悲しい気持ちでいっぱいですが、たくさんの思い出をありがとう。入江さんご夫妻の淳一郎への愛情で淳はとても幸せな一生だったと思います。本当にありがとうね。

●淳一郎の訃報にはたいへんなショックを受けました。昨年淳一郎に会った時は、思ったよりも元気だったので安心していました。最新のオーナーの看病記録と淳一郎の苦しそうな写真を見ていると、胸がつまり涙もあふれました。もう淳一郎に会えない事は想像もつきません。入江様ご家族も肩を落とさず元気でがんばってください。近いうちお伺いしたいと思っておりますのでよろしくお願いします。

●先日だんだん体調が悪くなってきたとうかがっておりましたのにきっと元気になってくれる、絶対大丈夫と信じたい自分がおりました。そのため、淳一郎くんの訃報は私にとっても母にとっても、大変ショックでした。イサベラにも話をしましたが、「淳一郎くん」という言葉しか理解ができなかったらしく、会えると思ってかえってはしゃいでしまっていました。彼女もなかなか心から好きと思えるともだちが少ない中、淳一郎くんのことは信頼していたので、事実を認識したときには深く悲しむと思います。淳一郎くんとは数えるほどしかお会いしておりませんが、私達にとって単なる犬ではなく大切な友人、そんな風に感じておりました。でも、昏睡状態のまま逝ってしまうのではなく、お父さんとお話をして、腕の中で旅立ててきっと淳一郎くんは幸せだったと思います。今は辛くて悲しくてどうしようもないお気持ちだと思いますがどうか頑張ってください。彼はとっても優しくてみんなの心をあったかくしてくれましたよね。

●とうとう悲しいお別れの日が来てしまいましたね。覚悟はしていたものの辛いです。パソコンを前にして泣いてしまったのは初めてです。そちらに行くときはいつも「淳ちゃんに会いに行く?」が始まりでした。それが出来なくなるなんて。大きくて広い背中、たくましい脚、優しい瞳、太い声。鮮明に思い出されます。傍にいるだけで優しい気持ちにしてくれた淳ちゃん。本当に、ありがとう。今年のお正月に、朝の散歩を一緒に出来た事が良い思い出になりました。今ごろ、天国でチニタ達と再会して仲良くやっていることでしょう。ゆっくりして下さい。思いのままに言葉を並べてしまいました。あれだけ皆から愛される淳ちゃんでいられたのも入江さんご夫婦のもとで、のびのびと暮らしていたからですね。辛いでしょうけれど、頑張って下さい。春になって、お会いできる日を楽しみにしています。「卯月と奈々に会いに行く?」ってね。元気で。

●淳一郎はどうしてるだろうか?とたまにサイトに伺っていました。トレーシーとは同い年、ちょっとだけお兄ちゃんの淳一郎は一緒に長生きをしようねって約束しましたのに先に逝ってしまったのですね。昨年末にどうにかバーネットヒルに行きたいとスケジュール表とにらめっこしたのですが、いつも犬連れの部屋は埋まっていて、やっぱりどうしてでも行けば良かったと悔やまれます。私達が大好きなバーネットヒルがいつも空いてなくてとても残念となってしまいました。入江さんと奥様の淳一郎への愛は永遠のものです。懐かしいバーネットヒルのお庭は淳一郎のお庭。これからもずっとお庭で遊んでいるでしょう。介護ご苦労様でした。淳一郎は幸せな犬でしたね。そして淳一郎と共に暮らした入江さんと奥様、卯月ちゃん、チニタ、奈々ちゃん、フレップ、みんな素敵な家族です。我が家の老嬢はどうにか元気にしていますが、やはり昼間は寝てばかりです。今日はお天気も良く1時間半のお散歩をしました。徐々に老いの兆候を感じています。いざとなったら淳一郎のように介護してやれるか不安です。しばらくは毎日が寂しいことでしょう。でもいつも淳一郎はバーの後ろのソファーで寝ているように思います。

●友人から最近淳の調子がよくないと闘病記を読んでもらっていたのですがついに最後の日記が電話口で読まれてしまいました・・・夜だったので次の日にメールをする予定でしたがなかなか出来なくてこんなに遅くなってしまってすみませんでした。実は今日ラジオの第一回目生放送がありました。その前の日の夜(まだ緊張はしていなかったのですが)友人から「淳にも元気な声でお疲れ様の意味を込めて元気な声を聞かせてあげなさい」と言われ今日の朝緊張し始めたときにそれを思いだしがんばろうと、淳に「私がうまくいくようにしっかり見ててね」と心の中で思いました。そのおかげで大きなミスもせず無事に生放送を終えることが出来ました。淳、ありがとね。ちゃんと聞いててくれた?私、淳のためにがんばったよ!これからも私のこと見ててね?オーナーさんも淳の治療ご苦労様でした。さっき淳の最後の写真見ました・・・。リボンつけてもらっていてかわいかったです。今度行ったときに淳がいないのが寂しいですがまた遊びに行きたいと思ってます。そのときはよろしくお願いしますね?本当に遠くから、心からご冥福をお祈りいたします。

●淳ちゃんの愛情一杯のホームページ、本当に素晴らしいです、私の知人たちも淳ちゃんを知らないのにすっかり虜になってプリントアウトしたり涙を流したりしています。 こういう愛情物語にはいつの世も心打たれるのですね。 一生忘れることは出来ません。

●私たちが今住んでいるマンションは多摩川に面しています。そして部屋が12階なので、一応東京都内とはいえ今の時期、真っ白な雪に覆われた富士山が、多摩川を越して遠く彼方ではありますが一日中見えています。そして空気の澄んでいるこの何日間か、夕暮れ時になるとその方向にとてもきれいな夕焼けが見えます。私はすごい方向音痴なのでもしかして違っているかもしれませんが、その夕焼けを見ながら、淳一郎はその夕焼け空の彼方にいる、という気がしてなりません。不思議な色の空の向こうに淳一郎がいるんだなあ、そんな気持ちでこの何日間か西の空をながめています。自分にとって淳一郎の存在がこんなに大きなものだったのだ、と今になって思い知らされています。いえ、私だけでなく、主人も娘も、毎日淳一郎のことを話しています。あの淳一郎の、下から見上げるような、首を傾げ、不思議そうな、そんなやさしいまなざしが忘れられません。チニタのお隣に永遠の場所をもらった淳一郎、きっと安心して眠っていることでしょう。また会いに行くのを楽しみにしています。淳一郎のことを思い出すと、なんだかとても敬虔な気持ちになってしまいます。やっぱり淳一郎は、何か特別な存在のわんちゃんだったのだと、そう思わずにいられません。バーネットヒルを訪れた皆さんもきっと同じ思いなのでしょうね。淳一郎は、永遠に私たちの心に住みついてしまったようです。

●普段、犬とのふれ合いが全くない毎日なので、淳一郎との短い時間は私にも大きな影響がありました。たった2日しか彼には会った事がありませんが、朝食後、そっと私に近づき、腰を降ろし『さぁ、何を話そうか?』と目を見つめられたのに驚いたのをハッキリ憶えています。戸惑ってしまった私は、ただ彼の頭や体をさするだけでした。今度会った時には、入江さんに彼との話し方を教えてもらおうと思っていました。残念です。淳一郎の冥福をお祈りいたします。入江さん。暖かくなったら復活したカニ目で騒ぎに行くからね!それまでにオーナーがしょぼくれてたら、ダメだよ。

●1月31日の今、初めて淳一郎がなくなったことを知りました。妻はまだ知りません。冬のクローズがとけたら淳ちゃんに会いに行きたい、といい続けていましたので、明日の朝、彼女の涙をぬぐうことになると思います。マスターと淳ちゃんにあえるのが何よりの楽しみだったので本当に残念に思っています。常日頃、マスターの愛情と努力には頭が下がる思いをしておりました。闘病生活がつらかったのは、淳ちゃん自身よりむしろマスターと奥様のほうであったことでしょう。犬は、主人のもとにいることにつとめ、許しを得るまでがんばり続けるのであって、自らの死には恐怖も抵抗もないと、先日泊まらせていただいた時に書棚の本の一冊の中から教えられました。彼もまた、マスターのもとに寄り添うことに最後までつとめ、マスターの許しを得て逝ったものと思います。私自身はかつて深夜の愛犬の死を入院していた病院から翌日の朝伝えられる経験をしておりますので、最後まで主人に寄り添い、主人の許しをえて旅立った淳一郎君は本当に幸せだったのだろうと心から思っています。うちのサチコも遠からず私のもとを去ることになるであろうことは現実のものとして感じておりますので、淳ちゃんのことはひとごとではなく、マスターのお気持ち察してあまるところがあります。淳ちゃんの死を悼みながらもマスターと奥様のことを自分におきかえて感じてしまう自分を否定できません。でも、渋谷のハチ公のような思いをせずにつとめをまっとうできた淳ちゃんは幸せだと思いますし、サチコにもそうさせてやりたいと思います。マスターも淳ちゃんの一生と彼のつとめをすべて抱え込んであげられたことに満足できるものと思います。次におじゃまするときには、本当に愛らしかった淳ちゃんのいつもの居場所にサチコがたたずむのをお許しください。3人で彼に感謝をささげたいと思っています。惜しむのは私が寝坊してみんなの散歩にご一緒できなかったこと。川崎までおいでになることもあるとのことでしたので、本当は淳ちゃんに、サチコと一緒のうちの多摩川の散歩ってやつをしてほしかったのですが、その夢は卯月と奈々に託します。おさびしいこととは思いますが、残されたものたち、そして、この先に訪れるであろう淳ちゃんの後継者のために、お体を大切にされるようお願いいたします。淳ちゃんのご冥福をお祈りします。

●始めまして。友人から淳一郎君の訃報を聞き、5年前の自分を思い出しメールしました。友人から清里の様子は伺っておりましたので、美しい土地で清涼な空気と沢山の愛情にに包まれて生きていた淳一郎君はとても幸せだった事でしょう。私も20年生きた長寿の健太郎(アイヌ犬雑種)を亡くした時は、仕事を休みました。生きている唯一の証の呼吸が、最大の苦痛となっている目の前の彼に「もう止めていいよ」と何度も話しかけはしたけど、真夜中に最後の大きな一息を見取った時は、流石に参りました。今でも時々夢に出てきます。夢の中で彼は北海道の大雪原を走り回り、何処からか大きな枯れ枝を銜えて来ては遊びを要求する目で私を見上げます。淳一郎君も健太郎も私たちに幸せを与えてくれました。「ありがとう。さようなら。」ありきたりだけど、この言葉に尽きます。

●病気のことを知った時から、近い将来淳ちゃんとはお別れしなければならなくなると覚悟はしていましたが、いざ、その時が来てみると、やはり気持ちが沈みこんでしまって重い気分になりました。ささやかなお花を喜んでいただいて、少し気持ちが和らぎましたが…。友人が転送してくれた淳ちゃんの最期の写真は、まるで赤ちゃんのように安らかな表情で、心から安堵して逝ったのだなあと感じ、ちょっと安心しました。入江さんご夫妻の看護は、献身的だったと友人から聞いていたので、淳ちゃんもこの世の生活を最期まで充分堪能してあちらに逝けたに違いないと思います。チニタも寂しくなくなったでしょうね。残された卯月ちゃんも奈々ちゃんがいてくれるから、まだ寂しさが違うでしょうし…。人も動物も、いつかは必ず別離が来るのですから、今からCoCoの時の覚悟をしなければ…などと真剣に考えています。4月末に伺う時には、淳ちゃんの思い出話をたくさんたくさんしてご供養したいと思っています。淳ちゃんの居ないバーネットはちょっと寂しいですが…。その折には、淳ちゃんのお墓参りもさせてください。

●淳一郎の訃報見ました。とても悲しいことでまたご主人や奥様の悲しみを思うと言葉になりません。淳一郎君との出会いは、私たち家族にとってとても大きな出来事でした。淳一郎君は沢山の人に癒しや元気を与えてくれた幻の名犬ですし、また沢山の人から愛されたとっても幸せな子でした。心から冥福申し上げるとともに、春には必ず淳一郎君にお礼に伺います。

●淳君は私達家族にとって本当に特別な存在でした。まだ思い出しては涙をこぼしています。春になったらまたうかがいます。きっとバーネットヒルを吹き渡る風や光の中に淳君を感じる事が出来るでしょう。お悲しみの深さを思うとお慰めの言葉もございませんが、どうかお体大切になさいますよう。お二人のご健康を心よりお祈りしております。

●なんだか言葉がありません。いろいろ思い出されて、お掛けする言葉がみつかりません。とても残念です。でも、天国はきっと痛くも苦しくもなく、お花がいっぱい咲いて楽しいところなのだと思います。そこで毎日なにもかも忘れて楽しくくらして、そのうちまた神様から新しい心と身体をもらってまっすぐ入江さんのところへかけてくるのだろうと、わたしはそう思っています。ゆっくりやすまれますように。

●HP、見ました。余りに悲しくて、夫婦して号泣しています。淳の思い出は、そのまま私達夫婦の足跡と重なり合い、折々の姿が脳裏に浮かぶのを止めえず、どうしても涙を流さずにおられません。淳と入江さんたちの関わりを自分の目で見たから、「犬と暮らしたい」という漠然とした思いを現実的な夢にしました。そして淳は、小さな小さな仔犬達を見つけてくれました。その内の一頭を、幸運にも私達は家に迎えることが出来ました。ハルと名づけたその小さな黒い塊は、犬と暮らすことの困難さや心配、それを上回る形無き悦びを私達に教えてくれました。ハルは神経質で他者に厳しい子ですが、私達の機微にはとても敏感に反応して、結果抜け道に導いてくれたり、何物にも替え難い心優しい家族です。この家族を私達に授けてくれた、淳と入江さんご一家に、今改めて感謝をしたいと思います。本当に、ありがとうございました。淳、疲れたでしょう。静かに休んでください。そして入江さん、もしかしたら淳よりもっとお疲れになられたでしょう。どうぞその悲しみが、時と淳に連なる犬達によって癒されますように。漸く一歳になった娘の、最初の言葉は「まま」でも「ぱぱ」でもなく、「わんわん」でした。彼女もいづれ、犬と暮らしていくのではないかと思います。その種をくれた淳という子のことを、私達は終生忘れ得ぬことと思います。動揺未だ治まらず、乱文をお許し下さい。

●淳一郎君のこと申し上げるべき言葉もありません。またたくさんの方々のお手紙(引用されていた)を拝読、私の気持ちもすべて書かれてありました。仕事が急に暇になって久しぶりに訪問して悲しいニュースを読みずっと涙を流しておりました。職場ゆえ声をあげることはできませんでした。隣席の女性がやはり10歳のゴールデンと暮らしていて気配を察して(淳一郎君の闘病記を読んでもらっていたので)もらい泣きしていました。それからなんだか力が出ません。でもこれではいけない、我家の長老・ジュピも12歳6ヶ月、耳は聞こえないし本当に年寄りになりました。彼を少しでも気持ちよくすごさせるには、私が元気でないと。そして淳一郎君への手紙を書くにも元気を出さないと・・・・淳一郎君の写真、すばらしいですね。お父さん、お母さん、たくさんのファンにかわいい思い出をプレゼントしてくれました。もっと落ち着いて元気が戻ったらまた手紙を出させてください。今はまだ混乱していてまとまりません。どうぞおからだお大事に。卯月ちゃん、奈々ちゃんどうしてますか?心配です。

●「棺を蓋いて事定まる」という言葉があるそうですが、ホームページの訃報を見て寄せられたお便りを読むとジュンの「犬徳」、存在感の大きさに改めて感銘を受けます。バーネットヒルのHPを見てから一日が始まる私としても、ジュンの写真を見てはいろいろなことを思い出します。部屋まで呼びに来たときの顔とか、キャッチボールを催促する時の大きな声とか。また、マンションの噴水の中にボールを取りに入ったところを叱られて慌てて人間共々逃げ帰ったことも懐かしくまた楽しく思い出します。でも、1月の帰り際に駐車場の奥から見ていた寂しそうな表情がどうしても忘れられません(帰る時は三匹とも機嫌の悪いのが常でしたが)。妻も言っているように、家族以上に娘を励ましてここまで育ててくれた恩人として、息子と全く同じ名前であるという不思議な縁に結ばれた犬として、我が家の連れて行った動物が全員まったく恐れなかったスーパードッグとして、また、天真爛漫なやんちゃ坊主として、これからもずっと私たち家族の心の中に生き続けていくことでしょう。時々宝物の入った箱を開けるようにして思い出に耽ることにします。

●そうだ、淳一郎は千の風となってこの空を吹きまくっているのだ、そう思うとすごく納得できました。あの富士山の上、バーネットヒルの上、そしてこの多摩川の上にも来てくれているのだ、そう思うとやっとホッとしました。淳一郎はお墓の中でおとなしくしてなんかしていないのですよね。いいぞ、淳一郎、やっぱり淳一郎はそうでなくっちゃね!!!このところ命、ということについて深く考えさせられました。命の大切さに比べれば、この世の中に起きる、私にとって大変だと思っていた事が、本当に小さなことに思えます。そのことを淳一郎から教わりました。ありがとう、淳一郎。今日も千の風となって大空を吹き渡っているのでしょう。いいぞ、いいぞ!!!淳!!!!  風になった淳一郎へ

●淳一郎君大変でしたね!!同じようなゴールデンがいますので人事ではなくて 泣きながら読みました。家内や子供たちにも見せました。つい最近のことなのでショックでした!!必死になって看病してる入江さん夫婦が見えるようです。淳一郎君を見て我が家も同じ犬を飼ったんだけど 2匹とも10歳になりました。いろんな病気をしましたよ!!最近年とって 優(メス)は歩くのもおっくうみたいで 寝てばかりです。福は元気です!散歩は毎朝 毎夕 時間を掛けてしてます。

●淳、亡くなったんですね….私の遊び相手でもあり、良い友達であった淳が逝ってしまったなんてとても悲しいです。私が小さい時のこと、色々と思い出しました。私が6歳位の時・・・淳のことがとっても怖くて逃げ回っていたこと、小学校高学年の時・・・一緒に走り回ったりキャッチボールをしたこと、中学生の時・・・一緒にソファに座ってJazzを聞いたこと、、、バーネットヒルに遊びに行くといつも淳と一緒にいたような気がします。ホームページの写真を見たんですが淳、眠っているように幸せそうな顔をしていますね。今ごろはきっとジュニアとフレップとメイとチニタと一緒に天国で幸せに暮らしてるといいですね。 お兄ちゃんが新潟から帰ってきたら家族4人でバーネットヒルに遊びに行きたいと思ってます。

●淳一郎君が亡くなっただなんて信じられませんでした。HPで拝見して涙が止まりません。ドーピーを飼いはじめて、初めての旅行でまだ子供だったドーピーが淳一郎君と遊ぶ姿は忘れられません。おっとりしてボール遊びが大好きで、本当におおきな淳一郎君はお散歩中にゴールデンを見かけるたびに思い出していました。命あるものはいづれ死を迎えるのでしょうが、寂しいという言葉では現せない喪失感ですね。本当に残念です。でも、奈々ちゃんと卯月ちゃんがいるから悲しみを乗り越えてがんばってくださいね。私も、まだまだ元気すぎるドーピーの死を考えもう一匹と考えることがよくあります。一人取り残されたらきっと耐えられないと思うからです・・・

●本日、淳一郎くんの悲報を知りました。悲しい気持ちでいっぱいです。ご家族さまのお辛さは、如何ばかりでしょう。でも、暖かく見守られて静かに旅立たれたとのこと。淳一郎くん、よーく頑張って偉かったよ。どうぞ安らかに。。。ご冥福をお祈りします。天国でショーンとゆっくりしてね。昨年の秋、ヴァレリーとアンジェリーナが遊んでもらいました。おおらかな淳一郎くん、ほんとうに素敵な男の子でした。

●先日息子より淳一郎の訃報を訊き、すぐにでもご連絡を差し上げるべきだったとも思いましたが、入江ご夫妻の心労とご落胆を考えると、なんと申し上げてよいやら分からないまま、今日まで来てしまいました。あれからずっと、最初にお伺いした18年前の事、フレップやメイ、チニタの想い出や淳一郎と初めて出逢った夏休みの事などが脳裏に蘇り涙を禁じえませんでした。時の経つのは早いもので、我が家のメグも今年で12歳を越え、イゾルデの前の草原でまだ幼かった淳と走り回っていた面影はすでになく、目は角膜炎で殆ど見えず、痴呆も進み家族も分からなくなってしまった様です。考えてみますと淳も残念ながら天寿は全う出来なかったものの、清里の豊かな自然の中でオーナーご夫妻の愛情に包まれ、ゲストのかたがたに存分に可愛いがられてのびのびと暮らせた一生は本当に犬冥利に尽きる程、幸せな一生であったと思います。私達一家も息子が結婚し、家を離れ娘も成人を迎え私達夫婦も初老にさしかかる年齢になってしまいましたが、時の流れを感じるこのごろです。 フレップ、メイ、ルディア、チニタ、淳一郎・・・写真の中でしか会うことができなくなりましたが、私達みんなの心のなかには、草原で遊ぶ姿が消えることはありません。我が家の息子と娘に動物に親しむ楽しさを教えてくれたのはフレップ、メイ、ルディア、チニタ、淳一郎です。心から感謝しております。これからも卯月ちゃんや奈々ちゃんが優しさの輪を広げていってくれることと思います。今年の夏伺うのは少々勇気が要りますが、行かせていただきたいと思います。悲しみを癒すのは時間しかないと思います。くれぐれも御体ご自愛されますよう祈っております。

●生きている者にとってどんな悲しいことがあってもいつもと変わらず時が流れ、季節が移ろっていく。幾度経験しても不思議な気がします。「どうか良くなっています様に」と祈りながら開いたHPで淳ちゃんの写真をみつけた時は、本当にびっくりしてしまいました。悲しみと喪失感と思い出が一度に波のように押し寄せてきて。もうあの暖炉の側で淳ちゃんの大きな手に触れたり、柔らかな毛並みや大きな背中を撫でたりすることは二度とできないのだと思うとあまりにも淋しすぎます。手元にある淳ちゃんの写真を見ながら、「もっとずーっと前に会いたかった。子犬の時から淳ちゃんと遊びたかったなぁ」と言ったら主人が「確かにそうだけど、でも何より淳ちゃんに出会えて幸福だったね。そして出会えたのはマロンがいてくれたお陰だね」と言っていました。本当にそうですね、淳ちゃんとマロンに感謝です。淳ちゃんの病気がわかってから一年と少し、人でいえば5年位頑張ったことになるのでしょうか。入江さんの愛情深い看護があってこその命だったと思います。お疲れのことと思います。どうぞお元気でいらして下さい。そして淳ちゃんの分も奈々ちゃんや卯月ちゃんが元気で長生きしてくれます様に。この想いは淳ちゃんを愛しバーネットヒルを愛する人全ての想いであるはずです。素敵な想いでを下さった入江さんと淳ちゃんに心から御礼申し上げます。本当に有難うございました。

●たった今、淳一郎の訃報を知りました。淳一郎の闘病記を読んで涙が止まりませんでした。少し落ち着いたのでmailします。私は昨年8月に夫と2人でお世話になりました。淳一郎は、闘病中でありましたがとても元気そうでした。淳一郎と一緒に撮った写真があります。夫が言うにはその時の私の顔がとても幸せそうだったということです。『淳一郎、がんばってね』という気持ちでいっぱいでした。淳一郎のことは、パソコンのお気に入りに入れて、ときどき眺めていました。夫も出勤途中でよく出会う犬を淳一郎と呼んでいます。今夜、淳一郎のことを知ったらさぞかし悲しむでしょう。淳一郎もご家族の方も本当に大変でしたね。淳一郎はとても幸せ者でしたね。出来る限りのことをしてもらって、天国で感謝していることでしょう。卯月も奈々ちゃんもさびしくなってしまいましたね。でも淳一郎がいつでも皆を見守ってくれているでしょう。淳一郎のご冥福をお祈りします。

●H・Pで淳くんのことを知り、本当にびっくりしました。昨年久しぶりにそちらにお伺いして、元気な様子の淳くんとなんとチニタにまで会うことができて、本当に良かったなーと思っています。オーナーの予想以上の速球をガシッ!とキャッチする淳くんに、さすがー!と思ったものでした。奈々ちゃんが見つけられなかったボールを、のっし、のっしと探し出して来た淳くんを、さすがー!と思ったものでした。そんな さすがー!の淳くんにふさわしい、りっぱながんばりと幸せな終幕に不謹慎かもしれませんが、感動しました。ありがとう淳くん、さすがー!だよ!! そして、本当にお疲れ様でした。オーナー、そして奥様。『淳一郎の闘病記』から垣間見られる、お二人の献身的な看病には心を打たれました。ありがとうございました。近いうちにおじゃまするかもしれません。淳くんのご冥福をお祈りします。

●淳くんのこと、先日HPで知りました。 とても寂しいです。バーネットヒルにお世話に成り始めて、もう16年ぐらいになります。淳くんは、哺乳瓶の時から知っているので、何とも切ない気持ちです。昨年の秋に伺った時に、随分弱ってきたなーと感じました。でも、私達家族にとっては、淳くんは、ボールを追いかけ、お庭を走りまわり、お風呂に飛び込む姿が目にうかびます。娘はアルバイトをさせて頂いたとき、淳君がバターをなめてオーナーに叱られていた時のことが一番の思い出だと言っています。PCの壁紙も何年も前から淳くんの写真です…フレップ、メイ、チニタ、みんないろんな思い出を残してくれました。どうぞ、お身体をご自愛くださいませ。

●この週末、久しぶりにHPを拝見し、淳一郎くんの訃報を知りました。腫瘍が小さくなったと伺ったことと、アヒルちゃんの写真が載った時に去年に比べて元気になったと書いてあったことから安心してしまって、その後、あまりお伺いもせず、大変後悔しています。なんと申し上げていいのかずっと悩んで、メールするのが今日になってしまいました。申し訳ありません。淳一郎くんの闘病記、そしてみなさんからのメールを拝見して、淳一郎くんほど幸せな子はめったにいないだろうなと思います。大きなバーネットヒルの中で、犬の気持ちのわかる家族に囲まれ、広い庭でのびのびと走り回ることができ、皆に愛され・・・・。わたしにとっては淳一郎くんがはじめての「バーネットヒルの「わんこ」でしたので、今でも、そしてこれからも、バーネットヒルといえば、必ず真っ先に淳一郎くんのことを思い浮かべることでしょう。淳一郎くんのフィギュアを作らせていただけたことも大変幸せでした。正面顔に関して、もう一歩でしたので、今度お伺いするときにはしっかり観察して、胸像にトライしたいものだと密かに思っていましたのに、とうとう淳一郎くんが元気な間にお伺いすることが出来ず、とても残念です。どうして、犬の寿命は20年にも満たないほど短いのでしょうね・・・。1日でも長く、一緒にいたいのに、十数年は短すぎます。だからこそ、1日1にちを大切に、楽しい犬生を送って欲しいと心から願います。淳一郎くんはきっと楽しい犬生だったと思います。バーネットヒルでの日常は、幸せに満ちたものですもの。入江さま、奥様、お寂しいでしょうけど、どうぞご自愛くださいね。

●残念です、 悲しいです、 娘たちには明日の朝伝えます。 じゅんいちろう やすらかに。

●淳一郎君の妹・とろちゃんより。淳ちゃんの悲しいお知らせhpで知りました。涙がとまりません。病気と闘っていたなんて私は何も知りませんでした。やさしく犬想いのお父さんやお母さん、そして卯月ちゃん奈々ちゃんの素敵な家族の愛情につつまれて、大自然の中でどんなにか素晴らしい11年8ヶ月と4日だったことでしょう。千葉県習志野市の普通の家庭で8匹の仲間が誕生したのが11年前でした。淳ちゃんはいちばん大きいお兄さん、私は8番目の一番小さい妹でした。それから別々の犬生?を過した日々、みんな幸せだったと思っています。私は5月21日で12歳になりますが、何とか元気にやっています。これからは淳ちゃんの分まで頑張ります。実は私にも8年間一緒過した妹がいました。ミニチュア・シュナウザーで、ねぎちゃんといいました。この1月17日淳ちゃんより1週間早く逝ってしまいました。アジソン病(副腎皮質機能低下症)でした。珍しい病気ですが、治療法は確立していましたが、診断がついた時には、すでに遅くてたった12日間の闘病でした。1人になった私はやっぱり寂しくて、すっかり老けた気がしています。でも今頃天国で淳ちゃんと一緒に元気に飛び回っていると思うとちょっと安心しています。皆の分私は頑張ります。応援してね・・・淳一郎君にお願いがあります。一緒に生きた仲間たちや、ねぎちゃんを守ってください。そして私もね・・・    そして風になって私のところにも遊びにきてください。

●淳一郎君、残念です。我が家でも はながいないことが想像できないように淳一郎君を失ったご家族のお気持ちには、どんな言葉も発することができません。淳一郎君には、いつもとてもよくしていただきました。ご冥福をお祈り申し上げます。

●忙しさにかまけて、ホ−ムペ−ジを見ることなく月日が経ってしまいました。今更、淳一郎の訃報を目の当たりにして呆然としてしまいました。幼い頃、コロコロ転げ回るように走っていたり、主人のズボンのポケットをパクっとくわえて一緒に走っていたり、何をしているのでもないけどソファ-に寝そべっているだけで私たちに安らぎを与えてくれました。思い出を語りだしたらキリがないようです。その淳一郎がバ−ネットに居ないなんて想像もできません。私たちですらそうなのですから、入江さんご夫妻にとっては尚更のこととお察しいたします。東京は大分暖かくなりましたが清里はまだ寒い日もあると思います。くれぐれもお体を大切にしてください。淳一郎のご冥福をお祈り申し上げます。

●ご無沙汰していますが皆様お元気でしょうか?・・・でもこれからは挨拶する相手が一人減ってしまったんですね。今年も予約をお願いしようと思ってHPに伺ったのですが、まさかこんな事が起きているなんて夢にも思いませんでした。一瞬頭の中が真っ白になりましたが、なんとか動かして闘病記を拝見したのですが、涙が止まらなくてなかなか最後まで読むことができませんでした。昨年伺った時に淳ちゃんに元気が無いのがきにかかってはいたのですが、私は来年もまた会えると少しも疑わずに信じていました。こんなに早く逝ってしまうなんて・・・。生きている者全ていつかは空に帰る日がくることは十分わかっていたはずなのですが、もう2度と触れ合う日は来ないと思うとどうしようもなく悲しいです。でも淳ちゃんを思い出すたびに悲しくなっていたら、優しい淳ちゃんのことなので心配して「ゆっくり昼寝もできないよ(^_^;)」って言われそうです。だからこれから淳ちゃんを思い出すと楽しい気持ちや。穏やかな気持ちになれるようにちょっとずつ変わっていきたいと思います。淳ちゃんよく頑張ったね!一緒にいれて楽しかったよ!本当にありがとう!!心からこの言葉を叫びます。高い高い所にいる淳ちゃんにきっと届くことを信じて・・・。

●ご無沙汰しております。昨日、家のパソコンを久々にあけてそちらのHPを見たら驚きました。淳一郎がんばったんですね…。いつも元気かなぁと、ふとした瞬間に思ってたので大泣きしました。闘病から解放されて今は向こうでのんびりしているのでしょうか…。みなさまも本当にご苦労様でした。遅れ馳せながらお気を落とさずに。私も以前、体調を壊して気分転換にそちらを利用させていただいた時、淳一郎くんに本当に癒やされお世話になりました。この経験を大切にして行きたいと思います。お元気でまた!

●昨日淳ちゃんはその後体調どうかな…とHPにお邪魔したところ1月に他界された事を知りました。びっくりして闘病記を読ましていただきました。12月にお邪魔した時はみんなで雪道を散歩したことを思い出しました。淳ちゃんがアイスバーンに足をとられた時にオーナーが手を貸して淳ちゃんが立ちやすいようにした時のことがつい昨日のようです。バーネットヒルにお邪魔するカスタマーの方々は長いお付き合いの方が多いようで、入江オーナー同様力を落としていられるかと思います。私共のように短いお付き合いであっても、あの淳ちゃんの優しい眼を見たくてお邪魔していたところがある者でもショックは大きいです。生あるものいつかは別れが来るといいますが、子供同様可愛がっていられただけにショックは大きいものと思われます。またあれだけ存在感のある淳ちゃんだけに空いた穴の大きさはさぞ大きなものに違いありません。きっと虹の橋を渡ってチニタちゃんと一緒にバーネットヒルを応援しているに違いありません。どうかお身体に気をつけられ、一日も早く元気になられますよう応援しています。出来るだけ近いうちにお邪魔したく思います。今度はトムの妹メグを連れて行きますので宜しくお願いします。本当にタイムリーではありませんが、お悔やみ申し上げます。

●淳一郎君のご冥福をお祈り致します。淳ちゃんの事は先日友人からの電話で聞いてびっくりしました。チニタちゃん、淳ちゃんとふたり続いて逝ってしまいお力落としと思いますが、どうぞお元気でお過ごし下さい。又みんなでお訪ねします。

愛する友へ

淳一郎君よく頑張りましたネ、お疲れさま。いつも変わらず優しい眼差しで私達を迎えてくれてありがとう。君のことずっとずっと忘れません。バーネットヒルを訪ねる時、淳ちゃんに会えるのを一番の楽しみにしていたけれど、これからは大きな体で元気よく走り回る愛らしい姿をもう見られなくなると思うと、とっても寂しい。「淳ちゃん!!」と呼ぶ事も出来ないんですネ。昨年のクリスマス前に会えたのが最後になってしまうとは・・・。一足先に旅立ってしまったチニタちゃんやお兄さんお姉さん達と仲良くして下さい。そして大切に大切に愛して下さったお二人と、バーネットヒルをいつまでも見守ってあげて下さい。1年に1〜2度位しか訪ねる事ができなかったけれど、いろいろな場面がよみがえります。淳ちゃん、素敵で楽しいたくさんの思いでをありがとう。安らかにお休み下さい。

●今から3年ほど前でしょうか?一度だけ宿泊させていただいた者です。私の家族にもゴールデンがおりまして、バーネットヒルさんのHPに出ていたじゅんちゃんを拝見し、即宿泊を決めて、彼と2人でGWにお邪魔させていただきました。その時に大きくてどっしりとしていて優しいお顔のじゅんちゃんと愛嬌のある卯月ちゃん、そして常連さんたちの様々な家族たちと触れ合い、とても楽しい夜を過ごさせて頂いたことを覚えております。また清里に行ったら泊まりたいね、じゅんちゃん達にまた会いたいねなんて彼と話しておりました。つい先日、本屋さんで川原亜矢子さんの著書『ソレイユ トラベル』を手にとって拝見していましたらバーネットヒルさんが載っていて嬉しくなってしまいました。でも、看板犬のところにじゅんちゃんの名前がありません。あれ?どうして?・・・・もしかして・・・・いやな予感がして、帰宅しHPを拝見してじゅんちゃんがすでに天国へ旅立たれたことを知りました。大変遅ればせながら・・・ですが、オーナーさんご夫妻、ご家族の方、じゅんちゃんファンの常連さんの方々の悲しみを思うと残念でなりません。また、もうじき8歳を迎えようとしているゴールデンの家族を持つ身としましても他人事ではない、悲しい気持ちでいっぱいです。オーナーさんがじゅんちゃんの本を出版されたとのこと、私も是非拝読させて頂きたいと思いますので、お手数ですがお送りいただけませんか?長々と書き綴りましたが、手元に届き、本の中のじゅんちゃんに会えるのを心待ちにしております。またいつか、ペンションに泊まりに行きたいなぁと思っておりますので、その時はどうかよろしくお願いします。

●昨日、HPがあるのを知り、はじめて見ました。そこで...淳一郎がもうこの世にいないのを知りました。涙が止まらなくなっています。淳一郎には3回しか会っていませんが、宿の素敵さに加えてやはり淳一郎がいたからリピーターとしてお伺いしていたと言っても過言ではありません。ブログ日記というのをつけているのですが、そちらに淳一郎との思い出を書かせていただきました。もしお時間がある時にお読みいただければ幸いです。http://blog.livedoor.jp/mipo_rosa/archives/10713754.html
がアドレスです。12月13日の日記をご覧ください。最後に泊まりにいったのは98年10月のはじめでした。よその犬なのに、私達夫婦は淳一郎をとても気にいっていたのと、それから写真もよくとれていたので、それ以来ずっと写真楯にいれてテレビの上に6年間、飾り続けていました。その写真をデジカメで撮ったものを日記に載せています。入江ご夫妻にもぜひお見せしたいので、近々焼き増しをしましてお送りいたします。卯月もうつっているのもあります。淳一郎の手記はよく行く本屋さん(有隣堂町田店)で手に入りそうですので、今度いった時みてみます。もしくは丸善も職場に近いので、注文できるかなと思っています。ぜひ読ませてください。でも、ネットでの記事でさえ、涙でまともに読めていません。2月はお休みなのですよね。忙しさにかまけ、なかなか訪問できなかったのですが、これを機にまた春、お尋ねしたいと思っています。時間の調整をしようと思いますが、おそらく4月位になると思いますので、予約のご連絡はまたしたいと思います。自然の中のバーネットヒルさんに泊まるのを楽しみに春を待つことにします。では、後日写真をお送りさせていただきます。淳一郎に会わせてくださり、本当にありがとうございました。

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